ペッカリーの見る夢:第十五夢・・・幸せの球

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第十五夢・・・幸せの球


オイラ、ゆうべ夢を見た。それは先週土曜日に来館してくれた、コスタリカからの留学生ニコノの記憶DNAに残された、過去の記憶を読み込んだ夢。ニコノは今のコスタリカには人口の2%しか生き残っていない、純粋な先住民の血を引くお兄さんなんだって。オイラの時空時計で確かめたら、ニコノの記憶に残っていたできごとは西暦731年3月のことだった。

「トトノコ、トトノコは、いるか?」
「はい、王さま。ここにおります」
「今年はトウモロコシやインゲン豆が大変な不作と聞いたが、まことか?」
「残念ながら、そのようでございます」
8世紀の始めに現在のコスタリカ、ディキス地域を治めていたのはバラムと呼ばれる年若い王で、心優しく聡明なリーダーとして多くの民に尊敬されていた。トトノコは、そんなバラムが最も頼りにする部下で、ニコノから数えて59代前の祖先だった。二人の会話からわかるように、ここ数年バラムの治める国は農作物が凶作続きで、いつ餓死者が出てもおかしくない状態になっていたのだ。
「やはり種まき時が遅すぎたのか?」
「そうなのです。占い師の告げた種のまき時が、ここ何年も好機を逸したようなのです」
「そうか・・・。う~ん・・・。そうじゃ!北の大国オシュ・ウィティクでは星々の動きで種まき時を決めていて、ここ何年も大豊作が続いていると聞いておる。さっそく占星に明るい者を遣して、くわしく話を聞いて参れ。ワシからもワシャクラ・フーン・ウバーフ・カウィール王に書状をしたためるゆえ」

*バラムはマヤ文字も読み書きできる才能豊かな王だった。オシュ・ウィティクとは、現在コパンと呼ばれているマヤ文明の大国の一つで、ワシャクラ・フーン・ウバーフ・カウィールは賢王として知られ、バラムとも深い親交があった。

ひと月後にオシュ・ウィティクから帰った使者は、星々の動きと種まき時の関係をくわしくバラムに報告し、すぐにもその知恵を活かして国難を乗り切るべきと進言した。バラムは数日のあいだ居所にこもり、かつて如何なる場所でも行われたことのない(かのマヤ文明でもアンデス文明でもなかった)驚くべき仕組みを考え出した。そして各村々から知恵者を選び出して集め、前述の使者にオシュ・ウィティクの知恵を授けさせると同時に、国中の石工を集めて巨大な石の球を数多く作らせたのだった。その数は300とも500とも言われていた。
バラムは、巨大な石の球に10月の星座を正確に刻ませて村々に運ばせ、天空に浮かぶ星々と石球の星々が同じ模様になった時を種まき時とするよう命じた。そして各村の知恵者が、その日を村人に告げるよう決めた。それ以来数百年の間、この大きな石の球は多くの人々を飢えから救い続けたのだった。


その石の球はいま、ディキスの石球って呼ばれてる。それが作られた本当のいきさつは留学生ニコノのDNAに刻まれた大昔の先祖の記憶と、それを読み取ってオイラが見た夢の中にしか残っていなかったんだけど、どうしてもみんなに伝えたくて・・・。
村人たちを飢えから救った王さまバラムのことは時の流れの中で忘れ去られ、16世紀にディキスを支配したスペイン人たちは不思議な石の球の中に黄金が詰まってるんじゃないかって、石球をたくさん壊したんだよ。だから、ぜったいに伝えたくて・・・。


★最初の夢へのトンネルは、ここ → http://quetzalcoatl.at.webry.info/201307/article_1.html


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